所長のエッセイ

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『赤毛のアン』に逢える日

中学生の時、物語に香るイギリス文学の『赤毛のアン』を読むのが一番の喜びでした。村岡花子さんの訳です。カナダの女流作家であるルーシー・モンゴメリーによって書かれました。出版は明治四十二年です。もう百年前の作品ですが、ずっと世界中の女の子を魅了し続けています。中学の時に初めて読んだ『赤毛のアン』は、その後も私にとって愛読書となり、大学時代にはその舞台となった地に留学しました。
この作品が愛読されるその秘密はどこにあるのでしょう。
アンは孤児でした。孤児院にいましたが、十一歳のとき子どものいない年老いたマシューとマラリの兄妹の元に引き取られていきます。私自身、母とは年に数回しか会えない寂しさを、孤児である不幸な境遇のアンに重ねたのかもしれません。
私たち親子を残して父が早世したので、母は都会に職を求めて他府県へと移り住みました。盆・正月の帰省の折に買ってきてくれるお土産のクッキーが、アンの本の中にも出てきます。アンが食べるうさぎのパイってどんな味がするのだろうとワクワクしながら想像したものでした。
私が住んでいる田舎の店にはどこにもパイは置いていなかったから。
『大人になって味わう赤毛のアン』を書かれた翻訳家の松本侑子さんは、「”赤毛のアン”には、英米文学の古典や名作が、およそ百ヶ所に引用されています。そして、知的で芸術的な引用の数々は、この小説の輝きです」とも語っています。
この小説は、楽天的な世界観で知られる十九世紀イギリスの詩人・ロバート・ブラウニングの詩に始まり、ブラウニングの詩に終わるとも言われています。不勉強な私は知る由もなかったが、是非、英米文学からの引用を解説した全文『赤毛のアン』を読みたいものです。
実際、作中には英米文学の傑作がキラ星のごとく登場し、のどかで平和なカナダの農村の暮らしも生き生きと描かれています。カラー写真で見るアンが生きたプリンスエドワード島州のからす麦畑には、緑豊かな田園が広がっています。孤児院から初めてやって来たグリーンゲイブルズ牧場には、マシューが愛したスコッチローズが今も咲いているのです。
貧乏学生だった留学当時、1ドルは三百六十円の時代でした。私の留学先はバンクーバー州都ビクトリア市なので、残念ながらそこから遥か遠いプリンスエドワード島州には旅することが出来ませんでした。
アンは空想とおしゃべりが好きです。また、アンは自分の赤い髪の毛にとてもコンプレックスを持っていて、それを馬鹿にする人には、烈火のごとく怒って向かっていきます。しかし、アンの正直な心や愛らしさに兄妹は心を打たれ、またアンは周囲の人からも愛されていました。いつでも自分に正直に生きていくアンの姿は、モンゴメリーが『赤毛のアン』に込めたもっとも大切なメッセージではないでしょうか。
時代を超えて読みつがれる秘密はこんなところにあるのでしょうか。

所長 諌山静香