所長のエッセイ

所長のエッセイ

ちょっといい話

生徒が教えてくれた心あたたまる話です。

僕は中学二年まで、今の両親を血のつながった本当の両親だと思って暮らしていました。
僕が中学二年の時、突然父が亡くなりました。父の葬儀のために集まった親戚の人から、偶然にも僕と両親が血がつながった家族でないことを知らされました。その時を境に、僕は、母が嫌いになりました。死んだ父でさえも嫌いになりました。たぶん裏切られたように思ったのでしょう。
もともと家があまり裕福ではなかったので、母は、働きに出ざるをえませんでした。母は、朝は近くの市場で昼から夜にかけては、スーパーで働きました。
僕の登校時間と母が市場から帰って来る時間は、ちょうど重なっていました。
ある朝、友達と一緒に登校していた僕は、「いってらっしゃい」という母を無視しました。薄汚れた格好の母と家族であることを友達に知られたくなくて、友達には「知らない人に挨拶された」と言ってごまかしました。
それを察してか、次の日から母は何一つ文句を言わず働いてくれました。そんな日が一ヶ月くらい続きました。
そんな雨の日、雨合羽を着て市場から帰ってくる母とすれ違いました。当然無言です。僕にはその姿がなんとも淋しく哀しくつらそうに見えたのです。涙があふれました。ぐしゃぐしゃ泣きました。
僕はいったい何をしているのか。こんなにぼろぼろになってまで僕を育ててくれている人を、僕は何をうっとうしく思っているのか。
すさまじい後悔が僕をおそいました。
僕は友達の目も気にせず母に駆け寄りました。でも何を言っていいのかわかりませんでした。その時、ふと口をついて出てきた言葉が「いってきます」でした。言えた言葉は、たったそれだけでした。母は一瞬驚き、そして泣きました。
そして、何度も何度も「いってらっしゃい」と言ってくれました。
所長 諌山静香